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2010年2月14日 (日)

性同一性障害について

「小2の性別変更容認 埼玉の公立校学年途中から 性同一性障害で」 2月13日付けの東京新聞の朝刊1面にこんな見出しがありました。

記事によると、心と体の性が一致しない性同一症障害(GID)と診断された小学二年の男児について、埼玉県内の公立小学校が昨年九月から女児としての通学を認めたそうです。

性同一性障害学会によると、小学生が学年途中で性別を変える例は珍しいという。

地元の教育委員会などによると、男児は幼稚園入園前から「女の子になりたい」と話しいていた。二〇〇八年十月、母親が市に相談。市の助言で児童が医療機関を受診したところ、昨年三月にGIDと診断を受け、主治医は「就学などの適応を阻害しないよう女性として扱うのが望ましい」と意見を付けた。

教育委員会や学校は「子どもの苦痛を取り除き、気持ちを優先する」と判断。学校側は昨年九月の始業式で校長が全校児童に事情を説明。男児の母親も同じクラスの保護者に事実を伝え、理解を得たという。

以降、男児は学籍は男児のままだが、女児と分かる服装で通学。女性職員用のトイレを使用し、体育の授業などの整列時には女児の列に並ぶなどしている。運動会の徒競走では体力差を考慮して男児と走った。

私はこの記事を読んだ時に、大勢の人のとても大きな愛を感じました。

まずはこの子が「女の子になりたい」と打ち明けた時に、「あなたは男の子でしょ」「男のこらしくしなさい」といった言葉で片付けず、ご両親が市に相談したこと。

きっと当初はとても悩まれたと思います。自分がこの母親の立場だったらどうでしょうか?すぐには受け入れることができない人が多いと思います。でも、このお母さんは自分の息子の気持ちを一番に考え、受け入れたのです。これが本当の愛なのでしょう。あるがままを受け入れることは、簡単なようでいて難しいこともたくさんあります。

次に相談された市の担当者もお役所仕事で終わらせず、医療機関への受診を勧めたこと。この担当者もご両親からの相談に熱心に耳を傾けたのでしょう。

さらに、主治医の意見もあり、教育委員会や学校もこの子の気持ちを最優先したこと。

きっと、小学生が学年の途中で性別を変更する前例などなかったことでしょう。それでも踏み切ったことは、新しい一歩を踏み出すことができたと思います。

また、全校児童に説明して、茶化す子もいたかもしれませんが、きっと今の小学生は我々の頃に比べて、性同一性障害という言葉を知らなくても、体は男性でも心は女性、またその反対の人がいるということを知っていて、それを受け入れる順応性に優れているのだと思います。

同じクラスの保護者に事実を伝え、理解を得たのも、母親の息子を思う大きな愛がそうさせたのだと思います。

中にはよく思わない保護者もいたかもしれませんが、もうそんなことを言っているのは時代遅れだという風潮もあると思います。きっとほとんどの人が「もしこれが自分の子供だったら・・・」と考えたことだと思います。

保護者たちもまた大きな愛で受け入れたのでしょう。

小さな子どもの一言から始まったことが、大きな愛に守られているのを感じます。

この子とそのご両親の周りには、偏見の目で見られることもあるでしょうが、その何倍も何十倍もの人々の愛に包まれていることも事実です。

この子が成人する頃には、もっと広く一般にすんなりと認められる社会になっていて、性同一性障害の人やその家族にとって日本が今よりももっと住みやすい社会になっていることを望みます。

時代は大きく変わってきていることを感じ、そしてそこにはやさしくて大きな愛があることを知った記事でした。

この子がより一層幸せになることをお祈りしています。

 

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